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青島太平洋マラソン備忘録 2022-1

師匠とちょんさんと3人でシャトルバスで7時30分に会場入り。
ブログ村のシューズ円陣に参加。皆さん、速い人ばかり。あやかれますように。。

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師匠はAブロック、ちょんさんはCブロック、私は最後のEブロックなのでず~っと歩いて遠くの遠くの場所へ移動。今年も快晴。
号砲が鳴ってスタートゲートをくぐったの9分後くらいだったかな。いつもは楽しいんだけど、今年は不安でいっぱいでした。

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17kmまでは慎重に7分ぺースで刻んでいたんですが、その後は8分ペースになってしまい、29kmで脚が攣って動けなくなって悶絶していたら、同年代くらいのランナーさんがコムレケアをくださり、症状が少し改善したので、なんとか早歩きで4kmを11~14kmペースで移動しました。その間、沢山の人に追い越され、中には赤いTシャツの背中に「あきらめるな」の文字があり、本当にそうだなと思いつつ、無理に動かそうとするとすぐにピリピリと攣りはじめるので、もう辛くて泣きたくなりました。
不思議と走る事を辞めようとかは思わず、来年もリベンジしに来なきゃなって思いながら進んでいたら、後ろからあと数分で32kmの関門ですよって声が聞こえて、いよいよ去年ひっかかった関門に差し掛かったので、死に物狂いで脚を動かして突破しました。ゴールできなくてもいい、青島を見たいという強い気持ちがありました。
すると、今まで動かなかった脚が動くようになり、そこからゴールまでは7~8分ペースになって、歩いている時に越して行った人達や「あきらめるな」Tシャツも追い越し、念願の青島を見た時にはちょっとウルっとしてしまいました。

念願の青島の景色
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時間はネットタイム5:44:50  グロス5:57:49 、ワースト1ではありますが、こんなに嬉しかった事はなかったです。

今回は脚攣り用に芍薬甘草湯を3包用意し、最初に攣った時に飲んでいましたが、またすぐ攣っちゃいました。コムレケアの方が効くのかなあ。くださったランナーさんに感謝です。
走る前と途中にアミノザウルス飲んで、メダリストを10kmごとに飲みました。給水にはことごとく寄り、今回は小さなポットを用意していたので、走りながらも水分を摂り続けました。

ゴールしたらちょんさんが待っていてくれました。師匠が2時間前、ちょんさんが1時間前にゴールしていました。
ちょんさんは月間走行距離は20kmくらいだそうで、ほとんど走っておられないけれど、ちゃんと5時間以内にゴールされています。毎日、ホットヨガに通っているそうなので、私もジムに通おうかな。。なんて考え始めています。

狙うは70歳で全日本マラソンランキング100位以内(笑)
細く長~~く走り続けられたらいいな。


ボランティアの皆様、沿道の応援の方々、高校生の皆様、ありがとうございました。
心より感謝申し上げます。


本日はご訪問ありがとうございました。

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青島太平洋マラソン完走できました。

やっとこさ完走しました。
途中、去年と同じ28km地点で脚が攣り、とうとうオワッタと絶望いたしましたが、去年と違って歩けたので4km歩きたおし、32kmの関門にあと数分の所で死ぬ気で走って突破、すると走ったお陰か足の攣りがよくなり、そこから残りの10kmを走る事ができました。

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去年もらえなかった完走タオル、今年は貰えました。

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途中、諦めなくてヨカッタ。
応援ありがとうございました。

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アオタイ前日編


午前中は義父母と旦那の2日分の食事の用意。ぶえん寿司とすき焼き。
13時頃ミキチョンがカッコいい車で迎えに来てくれました。今回は運転手付きだぞ~~。

高速に乗るまで1時間半、高速にのったら後は楽ちん、とはいえ宮崎まで4時間かかります。山江SAで休憩、名物の栗饅頭を食べたかったけど、まだ蒸されていたので栗団子を頂きました。

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青島の民宿に到着したのは午後5時。そこは老夫婦が営んでいるサーファー御用達の宿でした。
お部屋は3階で6畳間にお布団が二つ並べてあって、バスタオルも浴衣もあるし、空気清浄機もありました。

たーとんさんから青島のポンデリスで塩パン買ったってLINE頂いて、ポンデリスって知らなくてドーナツ屋かと思ったけれど、近くのスーパーでした。早速ポンデリスでパン買いました。散策してから6時半に食堂で夕食、ランナーさん達が沢山おられましたが、ちゃんとでアクリル板で仕切られていました。
今回はミキチョンのチームの方も同宿だそうで、ご一緒させていただきました。楽しくお食事を頂いていたら、ジョグノ友のちょんさんから電話が入り、その民宿にあと二人泊まれませんか~?てだったので、お爺ちゃんに聞いたら「いいよ~~」という事で、同宿することになました。
ちょんさんは夫のアルジさんと車中泊の予定だったのですが、民宿に来られたのはちょんさんとお母様でした。諸事情あってアルジさんは来られなくなり、一人で行かせるのが心配だとお母様が一緒に来られたのでした。
お風呂に入ってからちょんさん、お母様、ミキチョン、ワタシと4人、お喋りがつきなかった。ラン友っていいなあ~、ご縁に感謝です。

ちなみにこの民宿は2食付きで6500円(税込)、しかも料理がとても美味しかったです。ミキチョンが調べて予約してくれました。何もかも有難う~~。来年も宮崎を走るなら絶対に泊まりたいです。

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今回は青島を見る事ができませんでした。来年はきっと見たいと思います。

本日はご訪問ありがとうございました。

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アオタイ当日編

大会当日編

青島の民宿を6時半に出てシャトルバス乗り場へ向かう、駅の前に列ができていたので並んだけど、いっこうにバスが来ない、変だなと思っていたら、駅の反対側だったらしく一同駅の反対側へ移動、するとバスが3台並んで待ってました。始発なのですぐ乗れましたが沢山乗るので立ってる人もいて、立っている70代のオジサマに爽やか青年が席を譲ってあげてました。で、色々とお話されてたんですが、なんとオジサマはウルトラのレジェンドだったらしく席を譲った青年の方が恐縮し、同席した人も「しまったと思ってるでしょ」ってイジられていました。いい雰囲気でした。
さて、会場入りして集合場所でたーとんさん、ちょんさん、ミキチョン、ワタシで写真撮影、ねむねむさんは間に合わず、お会いしたかったけど、更衣場所に移動しました。

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Eブロックに並び、空にはヘリコプターが舞い、久々のリアル大会に感慨深かったです。開催してくださった宮崎県の皆さま、ありがとう~~て心で叫びましたよ。その時は多少歩いてもゴールできると思っていたのね。

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さて、ABCブロックは9時スタート、DEFは9時10分スタートでした。なのでそれほど待たずに走り出せました。最初はゆっくりと思っていても、周りにつられて速くなりますよね、7分ペースで行くつもりが6分30分くらいになっていました。今回は脈が気になるので、ガーミンを脈拍に切り替えました。10kmあたりから7分ペースなのに脈が170になり、ずっと脈が速いので気になりながらも走り続けました。14kmにみのちゃんがリラックマの格好で応援してくださるって事だったけど、気付かず。折り返してから反対側で見つけたので声をかけたら気づいてくれた。応援ありがとうございます!!

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15kmでトイレに入って走り出し、7分から7分半で走っていたのですが、26kmで脹脛が攣り、ごまかしながら進んでいたけど、いよいよ走れなくなり、内股やら足指やらがあっちこっち攣り、それでも頑張ってはみたものの悶絶するくらいの痛みで苦しんでいたら、ちょんさんが通りかかって助けてくれました。動いていたら大丈夫な感じになって、動きだしましたが、またまた攣る。お薬は飲んだのだけど、もう効いてくれない。ちょんさんが支えてくれてずっと一緒に歩いてくれましたが、もう自分でも無理だと思ったのでリタイアしますから行ってくださいって頼みました。大事なゼリーをくださり、心配しながら走っていかれました。本当に感謝しかないです。

それから会場側の31.7kmの関門まで歩きましたが通過できずチップを回収されました。正直、ホッとしました。歩いて会場に入り、着替えました。その時も攣りまくって辛かったです。やっとこさ着替えてゴール側で応援しましたが、フィニッシャータオルが眩しかったです。今まで20回以上フルを走り、フィニッシャータオルを当たり前のように貰っていましたが、今回は手にする事ができませんでした。

ミキチョンと合流してゴール側でちょんさんのゴールを応援し、声をかけたら気づいてくれて、なぜかちょんさんの方が号泣しちゃった。リタイアした私の為に、半月板で出走できなかったミキチョンの為に。その光景を思い出すと涙が出てきます。ゴールする人達の顔がとても眩しかったです。きつそうな顔の人ばっかり、それでも輝いていた。

その後、ミキチョンと出店で豚汁と焼きそば食べてシャトルバスに乗って青島まで戻り、宿の人に声をかけて帰りました。
この民宿めちゃくちゃご飯が美味しくて2食付きで6500円だったんですよ。前日編に続きます。

本日はご訪問ありがとうございました。

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関門に引っ掛かったです

初めてのDNFとなりました。
26kmあたりから脚が攣り始め、ツムラ68番を飲んでも治まらず、ずっと攣り続けて動けなくなってしまいました。なんとか立ち止まったり歩いたりの繰り返しをしていたら、大会会場側の31kmの関門で引っかかってしまいました。脹脛、足の指、内股とあっちこっちが攣りました。我ながら情けなかったです。

練習不足と準備不足で完走できるほど甘くはなかったです。いい勉強になりました。
次に繋げたいと思います。

応援してくださった方々、大会関係者の皆様、ボランティアの皆様、本当にありがとうございました。
心より感謝申し上げます。
プロフィール

トン姑

Author:トン姑
くまモン県 AMX

2011年6月に直腸がんで2回の開腹手術受け子宮と直腸を摘出。
2012年11月に脂肪肝指摘されジョギングを開始、今では走る事が生活の一部になりました。
直腸がんは2016年7月で卒業、右肺中葉に結節があり経過観察中でしたが、2019年に消退しました。2018年9月より血糖値スパイクでほどほどに糖質制限中。2021年9月より頻脈発生、12月より不整脈で服薬開始。

初フル2013.12.08 4:45:11

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